キズもデザインに。革に対する「新たな気づき」を教えてくれるクリンチの新プロジェクト。

キレイに仕上げられたレザープロダクツが使い込まれることで経年変化していく様子は格別。しかし、その基になるレザーがなぜキレイなのかというと素材としての革に加工するときにキレイに仕上げられているから。本来の革は野生でも家畜でもその表情には個体差があり、それぞれにシワやキズがある。ハンドソーンウェルテッドで職人気質なブーツを発信するクリンチから、そんな革の個体それぞれの個性をそのまま製品にしてブーツにするというプロジェクトが発信。2つと同じ表情が存在しない、まさに唯一無二のブーツが生まれた。

革が生き物だということを再確認できるプロジェクト。

多くのレザー愛好家はいるけれど、革そのものは副産物だということを知っている人は少ないかもしれない。本来革は食肉用として育った動物の副産物で、すべての革が同じクオリティではない。革質はもちろん、個体特有のシワやキズなどは千差万別。

それをなるべく、均一なクオリティになめし、染色、塗装をすることで多くの革製品の素材は均一化され、そのなかから、作り手によって再び素材が精査され、製品になっていく。一般的なユーザーが革自体の個体差の大きな違いを目の当たりすることはあまりない。

東京、世田谷でシューリペアショップ「ブラス」を運営しながら、オリジナルブランド「クリンチ」を展開する松浦さんは、そんなそれまでの革製品の現状をまったく逆手に取ったプロジェクトをスタートさせた。

「本来、革って自然の産物なので、不均一で不安定なものなんです。でも同じクオリティの製品を大量に生産するとなると、素材にも一定のクオリティが求められるわけです。だから多くの革は塗膜で表面を均一にし、小さなキズなどを隠すことで均一化させてるのが一般的です。

とくにクリンチでは染料のみの表面加工をしていない革を素材にしているので、さらに厳選する必要があるんです。ただ、キズやシワなどがあっても質の良い革は存在します。そこで真逆のアプローチがアイデアとして浮かんだのがこのプロダクツの始まりでした」

今回、DITWOLと名付けられたプロジェクトはDissolve the wall of leatherの頭文字。意味は「革の既成概念を打ち破る」「革の壁を突破する」という意味が近いかもしれない。

このプロジェクトの第一弾として生まれたプロダクツは、アッパーがシームレスのホールカットによる美しさがあるMILNE BOOTSをベースに、素材には害獣として駆除された国内のディアスキンを使っている。その表情にはキズやシワがそのまま使われているのがひときわ目を引く。

元々は野生で害獣として育った鹿のため、生きていくために生まれたキズやシワ、それに捕獲時に付いたキズがそのまま残っているが、このプロジェクトではあえてそれはそのままに、それぞれの革の個体に合わせてキズを補強や補修のリペアすることで製品にしている。

つまり個体差、不均一さという革のネガティブな面をデザインとして捉えてポジティブなモノへと昇華させているってわけだ。

「モノ作り、特に革に対するポジティブな面ばかりを追い求めるのではなく、革が本来自然の産物、しかも副産物で、同じモノは2つと無いということをもっと知っていただきたいし、我々もキレイな素材ばかりを追い求めることへのアンチテーゼという意味もあったりします」と松浦さんはその思いを語ってくれた。

たしかにキレイでキズひとつない革を求めるのであれば人工皮革でいいじゃないかという意見も出てくるし、使い込めばキレイな革もキズが入り、シワができる。質は良いのにキズやシワがあることで製品にならない革だってある。

このプロジェクトが本来の革は自然の産物だと再確認させてくれるだけでなく、そこから生まれたブーツには2つと同じ表情が存在しないプレミアム感を感じさせてくれるだけに、むしろ唯一無二という、革製品の新たな価値を教えてくれる。

アッパーにシームレスなホールカットを採用するMILNE BOOTS。フランス山岳部隊が履いていたブーツがデザインモチーフになっている。それぞれ革にあったキズやシワは、あえてわかるように個別にリペアがされ、それがデザインになっている。それぞれでキズの大きさや場所も違うので、まったく同じ表情は存在しない。クリンチでディアスキンを採用するのは初めてで、約1.5mm厚の茶芯ブラックのみの展開。第一弾はアメリカのStandard&Strange(https://standardandstrange.com)で販売予定。日本では2025年以降の発売予定。

革が持つ本来はネガティブな部分をポジティブに捉えることで、革の取り巻く環境や、作り手の思いを伝えるプロダクツになればという思いを語ってくれた松浦さん。このブーツはもはや靴を買うというよりも信念や哲学を買うというアイテムなのかもしれない。

唯一無二のディテールがこのプロダクツのキモ。

大きな穴は裏面に補強革を当てて補修したり、別の革を上から当てたり、さらに縫製によるタタキでリペアしたりと、まるでダメージジーンズのようなブーツになっている。それぞれキズの位置や大きさも違うので、同じモノは2つと存在しない。シューリペアショップのノウハウがあるからこそ可能なプロダクツともいえる。

ソールはブラスが実名復刻させたオサリヴァンのセパレートタイプを採用しているのでクラシカルなスタイルでまとまっている。履き込むことでヴィンテージブーツのようなオーラを放つポテンシャルを感じる。

【DATA】
BRASS Shoe Co.
東京都世田谷区代田5-8-12
info@brass-tokyo.co.jp
営業日、営業時間はSNS参照。https://www.instagram.com/brasstokyo/
https://www.brass-tokyo.co.jp

この記事を書いた人
ラーメン小池
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ラーメン小池

アメリカンカルチャー仕事人

Lightning編集部、CLUTCH magazine編集部などを渡り歩いて雑誌編集者歴も30年近く。アメリカンカルチャーに精通し、渡米歴は100回以上。とくに旧きよきアメリカ文化が大好物。愛車はアメリカ旧車をこよなく愛し、洋服から雑貨にも食らいつくオールドアメリカンカルチャー評論家。
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